新ガラマニ日誌

ガラリアさん好き好き病のサイトぬし、ガラマニです。

シャーロック・ホームズの冒険 コナン・ドイル著 鈴木幸夫訳(1981年新学社文庫刊)

この記事で紹介したいのは、鈴木幸夫たんの翻訳版である。下記画像リンクは、現在入手できる翻訳では、いっとうおすすめの、阿部知二たん訳。

シャーロック・ホームズの冒険

SONY Reader ver

ホームズシリーズの本は、長編単行本が4冊と、短編集が5冊と、ぜんぶで、9冊しかない。存外、少ない。

その中で、世界でもっとも読まれているのが、短編集の第1巻である、この本だろう。題名もズバリ「シャーロック・ホームズの冒険」だ。発行は、1892年。

俺が所有している、紙媒体の「冒険」は、2冊もあったので、電子書籍版で買う必要はなかった。これだ。

緑色の表紙の本だ。ああ、なつかしい。この本は、中学1年の夏休み前、学校が、生徒の読書用に販売していたとき、購入したのだ。挿絵がついている。率直にゆって、かなりダサい絵だが。

ホームズシリーズの中で、この本に入っているエピソードのいくつかが、ホームズの代名詞として知られている。

ボヘミア王家の色沙汰」

他の本では、「ボヘミアの醜聞」と翻訳されるが、鈴木幸夫たんは、中学生むけの文庫だとゆーに、ずいぶんと直球の表現をなさる。色沙汰って。色沙汰って。

赤毛連盟」

俺の幼少時の記憶のなかで、ホームズの本では、「赤毛連盟」をば、いっとう最初に読んだ。

鈴木幸夫たんのこの本を買った、中学1年の夏より以前だ。小学校の図書館で、借りて読んだ。その本では、「赤毛連盟」からはじまっていた。

だから、いちばん、印象的で、いちばん、好きなエピソードでもある。ホームズの推理方法が、いかに優れているかを、如実に表現している。短い文章のなかで、めまぐるしく事件が展開し、クライマックスでは、われらがジョン・ワトソンの、かっこいいガン・アクションまで見られるのだ!

「ふきかえ事件」

かなり設定に無理があるがハッハッハ、ホームズの性格が、けっこう荒っぽいことが、よくわかるピソード。シャーロックもジョンも、存外、武闘派なんだもんな。

「青い紅玉」

さあ!問題作きました。内容には、まったく問題などなく、ほのぼのlyなホームズさん、ワトソンさん、クリスマス休暇を探偵して過ごしました、がちょう料理がおいしそうな、愉快痛快エピソードだが、問題になったのは、「紅玉」の翻訳から生じた、日本における数々の誤解である。

原題は、The Adventure of the Blue Carbuncle 。「カーバンクル」のことを、「紅玉」にすると、「ルビー」の意になる。これを真に受けたパヤオと仲間たちが、アニメの犬のホームズで、「青いルビー」とタイトルコールしちゃって、さあたいへん。漫画家で、宝石に詳しい魔夜峰央先生が、著書『パタリロ!』のなかで、

「ルビーが青かったら、それはサファイアなんですね。」と指摘した。ルビーとサファイアは、色がちがうだけで、同じ鉱物だからだ。

カーバンクル」は、俺の手元にある研究社の英和辞典によると、

carbuncle 1.[医]癰(よう)、疔(ちょう) 2.[鉱]紅玉、紅水晶、頂部を丸くみがいたざくろ

とある。つまり、カーバンクルの訳語は、紅玉(ルビー)でもいいし、紅色の水晶でもいいし、ざくろ石(ガーネット)でもいいわけだ。そして、探偵小説「青いカーバンクル」の翻訳には、適切なことばを、選択しなければならない。

その宝石が、赤くはなく、青いことが、珍しいのだとわかるよう、タイトルコールしなければならないわけだ。

紅玉(ルビー)、紅水晶(ローズクォーツ)、ざくろ石(ガーネット)。この三つの中で、ルビーだけは、鉱物的にいうと、「青いルビー」と表記しては、まちがいになる。したがって、近年の翻訳では、このタイトルは、「青いガーネット」になっている。俺が持ってるもう1冊の収録本、石田文子訳でも、そうなっている。

「まだらのひも」

俺、いまでこそ、愉快なきもちで、ホームズ本を読んでいるが、小中学生のとき、この本を読んだときには、不気味な殺人事件や、正体不明な「まだらのひも」が、すっげーこわかった。推理小説というものを、怪奇な、ホラーな、おっとろしい分野だと感じて、それでいてなお、好んでいたのである。

なかでも、「まだらのひも」は、怖い。事件解決のため、シャーロックとジョンは、漆黒の真夜中、見張り番をするのだが、そういう危険がデンジャラスなとき、いっつも、アフガン帰還兵で戦闘力が高い、ジョン・ワトソンのピストルの腕が、助っ人に頼まれるんだよな。

ワトソンは、かっくいーのよ。ワトソンのことを、愚鈍なオヤジに描いてる映像作品は、彼のかっくいーところを、改竄(かいざん)してるから、好きじゃないんよ。

「ぶなの木館」

これ、いちばん、怖い。中学生のとき、これ読んだら、トイレに行けなくなった。

依頼人女性の救難連絡をうけ、首都ロンドンから、旧都ウィンチェスターへとむかうふたり。汽車の車窓からは、うつくしい田園風景に、点在している田舎の家々が、見渡せる。

「さわやかで、きれいじゃないか」私は大声をあげた。霧深いベイカー街から出てきたばかりの私には、心の晴れる思いだった。

だがホウムズは重々しく頭をふった。

「わからないだろうね、ウォトスン。因果なことに、僕のような気質の男は、あれもこれもを自分の専門に結びつけて見なくちゃならないんだ。君はああしてちらほらしている家を見て、その美しさに打たれている。僕は見ても、頭に浮かんでくるのは、あの家がそれぞれ孤立している感じ、人知れず犯罪が行われるな、ということだけなんだ」

ガスガス人が殺される事件よりも、「ぶなの木館」のように、精神を病んでる人間が、妄執的に、罪のない人を苦しめる事件のほうが、ずっと怖いよ。事件のなぞが深まる、その深めかたが、これまた怖い。情景がありありと目に浮かび、事件に巻き込まれた女性の恐怖心に、シンパシー急上昇し、よりいっそー怖くなる。

鈴木幸夫たんによる翻訳文を、もう少し、抜粋しよう。我らがホームズが、この事件の闇が、いかに深いかを、述べるシーンで、上記引用のつづきである…

「やれやれ!あんな美しい古い農家を見て、犯罪を連想する奴があるもんか」

「ところがいつでもあれを見ると、あの恐怖を感じるよ、僕の経験にもとづく信念なんだがね、ウォトスン、どんなに下層の下劣な、ロンドンの裏町よりも、このほほえましい美しい田園の方が、ずっと恐ろしい犯罪の温床なんだよ」

「驚かさないでくれよ」

「でも、その理由はきわめて明瞭なんだ。都会では世論の監視があって、法律の手がとどかないところを見はっている。ひどく下劣な裏通りでも、子供がいじめられて泣きわめくとか、酔っぱらいがなぐりつける音が聞こえるとかすれば、隣近所の連中が、かならず同情したり、憤慨したりするにきまってる。それに警察機構がすっかりゆきわたっているから、一ことでも訴え出ようものなら、すぐと活動開始で、犯罪から被告席まではほんの一歩にすぎない。だが、ああして孤立している家を見てごらん。それぞれ周囲に自分の農地をめぐらしていて、家の中にはまるで法律を知らない無知なあわれな連中が住んでいるのだ。こんなところでは、毎年毎年、凶悪残忍な犯罪が目に立たず行われて、それとわからず、すんでしまっているかもしれないじゃないか。」

まったく同感です、ホウムズせんせい。田舎が、いかに怖いか。家庭内に閉ざされた、犯罪が、いかに周到に隠蔽されるか。「ぶなの木館」では…残忍な親のまねをした小さな子供が、残忍なおこないをしていて…さらに…