新ガラマニ日誌

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シャーロック・ホームズの生還 コナン・ドイル著 阿部知二訳

シャーロック・ホームズの生還 (創元推理文庫 (101‐3))

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とうとう、やつが帰ってきました。発行は、1905年。

1893年、月間雑誌「ストランド・マガジン」連載中に、いきなり最終回「最後の事件」を発表し、イギリスのホームズ愛読者のココロを、滝つぼにつき落とした、作者コナン・ドイル

あらためて何度でも言うが、「最後の事件」で、もしも本当にホームズシリーズが終わっていたら、後味が悪すぎたと思うよ!

悲嘆に暮れる読者から、呪いの手紙を、矢のようにあび続けたコナン・ドイル。読者と雑誌社からの、脅迫に近い要請にこたえて、8年後の1901年、長編『バスカヴィル家の犬』で、モリアーティに殺される(というか、作者に殺される)以前のエピソードとして、ホームズを復活させた。

それでも、傷ついたホームズファンのココロは、癒やされなかった。天才シャーロック・ホームズが、「最後の事件」で、あんなにアッサリと、敵に殺られるはずがないッ!彼のことだから、きっとどこかで生きてるにちがいないッ!作者の、ホームズ書きたくない気持ちなんて、どうでもいいッ!キャラクターは、生まれてしまったら、作者一人の持ち物ではないのよッ ウキーッ かえせー もどせー あたしのシャーロックぅー

という、典型的な、人気キャラクター商業的一人歩き状態を、たぶん文学史上はじめて現出させたことは、やはりコナン・ドイルの才能のなせるわざであったといえよう。本人は、そりゃーイヤだったかもしらんが、人気作家の宿命だと思って、あきらめて、シャーロック・ホームズを生き返らせろや。な。

「空家事件」

と、いうわけで、「最後の事件」発表から、なんと12年という、長い年月を経て、ホームズは、まことにアッサリと、生き返った。「ストランド・マガジン」で、連載が再開されたのだ。

ライヘンバッハの滝に転落して、モリアーティといっしょに落命したと、思わせておいて、実は作戦でした!モリアーティ一味をやっつけるために、ホームズは死んだフリをしてただけでした!ハァーイ!ワトソンくんお元気ー!ぼくは元気だよー!ぐらいのいきおいで、エピソード「空家事件」で、ホームズはワトソンの前に姿をあらわし、ワトソンは、おどろきのあまり、生まれてはじめて気絶したそうだ。気の毒に。

ぜんぶで9巻におよぶ、ホームズシリーズの、6冊目、短編集3冊目にあたる『シャーロック・ホームズの生還』には、以前の短編集に比べても、ずっと良質の作品が多い。

「踊る人形」

ホームズシリーズって、粋なロンドン青年の生活形態と、霧にむせぶ街の風景描写が印象的だったけど、原作にはこれのほか、長編『緋色の研究』も、『恐怖の谷』も、アメリカ開拓民のエピソードが予想外に多い。

「あやしい自転車乗り」

俺がひじょうにウケた作品だ。ホームズが、自分のかわりに、ワトソンを現地調査に行かせるエピソードは多い。今作もそうであるが、特にみどころがあって、ワトソン君に対して、ホームズがダメ出しをしまくる場面だ。

「なんで違う方向から観察しなかったの?被害者の方が勇気あるじゃん。君がボーっと見ててどうするの?バカなの?死ぬの?」

「三人の学生」

陰惨な殺人事件ばかりが、推理小説の題材ではない。大学の試験問題が、試験の直前に盗まれてしまい、三人の学生に容疑がかかるという趣向。三人の大学生の容貌や性格が、ああ、こういう学生いるいる感バッチリ。学生寮の様子も、目にうかぶようだ。

そもそもが、コナン・ドイルの優れているところは、描写力なのである。特に、男性の服装を描写することにかける執念は、西のコナン・ドイル、東の清少納言と呼んでさしつかえない。

ほかにも、「ノーウッドの建築業者」「恐喝王ミルヴァートン」「六つのナポレオン胸像」「僧房(アベイ)荘園」「第二の血痕」などは、ため息がでる、傑作ばかりだ。トリックは凝っているし、なぞの究明はスリリングだし、題材は多彩だしさ。さすが、コナン・ドイルが、作家として円熟期に入ってからのホームズだと、連載再開して、ほんとによかったねえと、俺なんかは、思うわけである。

だってさ。『緋色の研究』書いたとき、コナン・ドイル、28歳だよ?ホームズ殺した「最後の事件」の時点で、まだ34歳だよ?さささ、さんじゅ〜〜〜よんさいってあなたッ!若ッ!!

そして、この『シャーロック・ホームズの生還』を書いたとき、作者は、46歳になっている。読みたかったんだってばさ。ドイルの腕前が上達した、かがやきを、いや増したシャーロック・ホームズをさ。