ひかりTVビデオざんまいプランで1月と2月に見た映画一覧(26本)
1月に見たのは、25本で、けっこう多め。
2月、長期休暇がとれて、上旬に長崎旅行に行ってたから、家にいなかった。2月の半ばから末日までは、エブリデー毎日、バンクーバーオリンピック放送に釘付けだったので、ひかりTVで見た映画は、1本だけになった。
この映画視聴記録記事な、今までと同じボリュームで感想文書いてるとな、仕上げるのがたいへんで、マンスリー毎月は、続かないと思うのな。なので、今回は、リストのみ上げちゃう。作品ごとの感想は、後から、書きたくなったら書き足します。
(1)青い体験(1974)
イタリア映画。ラウラ・アントネッリ主演。2010年の今日、中年世代になっている男性諸氏には、むかし地上波洋画放送枠で、「お世話になった」女優さんだ。俺は、オレオレゆうとるが、中の人は、たんなるきれいなおねえさんなので、同世代男性陣ほどには、「お世話になって」は、いない。
だけれども、こういう、おっぱいバインバイン映画が、週末のゴールデンタイムの解説つき番組で、しかも声優さんの吹替えで、見ていた俺たちの世代は、つくづく、シヤワセやったな〜と思うわ。
ラウラ・アントネッリは、着衣の姿を見たら、ウェストも手首も細くて、スリム体型なのに、おっぱい出したら、まあ巨乳で、ビーチクもいいカタチで、あらまあ、おやまあ、こりゃお世話になるわいな!彼女は、演技力にも秀でており、「青い体験」は脚本もできがよく、イタリア人の生活感を緻密に描写している。こんなおもしろいポルノ映画には、もっと「お世話になって」いきたいものだ。
(2)ケーブルガイ(1996)
ジム・キャリー主演。俺、この人あんまり好きじゃないの…。インターネット工事屋の男(=ケーブルガイ)が、男の客にストーカーする話しだというので、アメリカのケーブルテレビ事情も知りたいし、おもしろいかな?とプチ期待して見た。
ジム・キャリーが演じたケーブルガイの、異常心理の描写が、コメディに走るか、シリアスに走るか、ハッキリしておらず、ストーカー映画としては、いまふたつだったなあ。
(3)アナライズ・ミー(1999)
(4)8MM(1999)
ニコラス・ケイジ主演。俺、この人あんまり好きじゃないの…。ブサイクだし…演技が平坦で、どの映画見てもニコラス・ケイジだから…。俺、役になりきって別人になる北島マヤ系の天才俳優が好きなんだよな。ニコラス・ケイジや、日本で言うと西田敏行のような、芝居は上手なんだけども、どの役見ても同じ個性しか見えない系の俳優も、役者の世界には必要なんだけれども。
でも、ストーリー展開がよかった。ものすごく怖くて。先が読める恐怖。誰も助からない恐怖。テーマも怖い。
(5)悪魔を憐れむ歌(1998)
再生してる間、「あーこの映画、何度も見たわー」な既視感が、何度もうちよせたにも関らず、内容のよかった点が思い出せない。アクマとかオバケが、お話しの肝になる映画は、よほど上手く観客と説得しないと、「しょせんオバケじゃん。なんでもアリじゃん。」になってしまうの典型例。
(6)シャロウ・グレイブ(1995)
イギリスのオサレなシティーの、オサレなマンションで、ルームシェアしているオサレな若い青年×2と、オサレな若い女一人。新しいルームメイトを面接で選び、入居した男が、部屋で死んでた。大金のつまったスーツケースを残して。
うわああ、これは傑作!すげえな、誰だ、この監督?と思ったら、「トレインスポッティング」のダニー・ボイル監督だと。どおりで!
(8)ジャスティス(1979)
アル・パチーノ演ずる、主人公の名前が、アーサー・カークランド。これにビビって、何度も巻き戻しボタン押して確認しちったい。
(ひかりTVのビデオオンデマンドは、早送りや巻き戻し、チャプター頭だしなど、DVD操作と同じようにできるのがナイス。)
え?アーサー・カークランドって、なんのことかって?あのね、いま大人気のアニメで「ヘタリア」ちゅう作品があるのね。これは、イタリア、ドイツ、日本などの国家が、擬人化されて描かれている、民族ジョーク作品なんです。ほいで、登場するかわいらしい男性や女性キャラクターたちは、名前が「アメリカ」「イギリス」などで、人名はつけられていないのね。
だけれども、作品のファンたちが、「ヘタリアについて語るとき(特にウェブ上で文章化するとき)、実在する国家としてのイギリスを指す場合と、ヘタリアに描かれているキャラクターであるイギリス君を指す場合とで、区別しやすいように、各キャラに愛称をつけてもらえないか。」と、原作者に頼んだところ、主要登場キャラに、作者自ら、それっぽい名前をつけてくださったのだそうだ。
その中の、イギリス君の名前がね、アーサー・カークランドなんだわ。だからこの映画見て、「これが元ネタ?いや偶然かな?」と思ったわけです。アル・パチーノはイタリア系アメリカ人だしね、アーサー・カークランドの名前は、俺内でヘタリアのイメージ強くてさ。
ま、これは余談。映画「ジャスティス」は、裁判の不正と闘う青年弁護士を描いた、良作。弾圧と闘うアーサー・カークランドは、いたって陽気なんだが、不正によって罪無き容疑者がブタ箱で、くびり死ぬことが許せない。ラストシーンで、アル・パチーノは、本気で泣き出したのだろう、鼻水まきちらし号泣し、正義(ジャスティス)をこの国に!と叫ぶ。
(11)ハドソン・ホーク(1991)
(13)グッドフェローズ(1990)
(14)遥かなる山の呼び声(1980)
あらすじ見て、高倉健主演で、北海道が舞台、だと…?いぜん見た、某悪夢オバカ炸裂映画を想起させられ、心に黒雲がたちこめたが…。
山田洋次監督作品とわかり、ムネをなでおおろした俺。山田洋次監督なら大丈夫だよー、よかったよー!この映画では、健さんは、きぐるみのヒグマと格闘したり、無免許でセスナ機を操縦して、北海道から関東沖まで、根性でとんで根性で着水したり、新宿に馬軍団があらわれたりしないんだ!安心だネ!
(15)黒猫(2006)
(19)ベスト・フレンズ・ウェディング(1997)
(20)ボーン・コレクター(1999)
(21)人間椅子(2006)
(23)紀子の食卓(2005)
「自殺サークル」の監督、園子温による続編的内容とのふれこみ。
平凡な家庭で育った女子高生、紀子は、自分の平凡さに辟易し、平凡なのは自分のせいだと気がつかず家族のせいにして、へんなサイトに熱中し、へんな影響受けて家出。家出先でハンドルネーム女性・クミコに会い、へんな商売の一員に加えられる。家族をなくした人や、家族がほしい人の家に行き、依頼者が願望する、完璧な家族を演じて、報酬をもらうという商売で、紀子は洗脳されてゆく。紀子を心配したお母さんは心労で自殺し、お父さんは紀子を探して、へんな商売の実態を究明しようと、のりこんでくる。
と、いうお話し。脚本がいいたいことは、よくわかる。人間社会では、誰もがペルソナ(仮面)をつけて、「親の娘」「高校生」「恋する乙女」「受験生」などを演じ分け、生きていかざるをえないのだが、これらペルソナを、他者におしつけられたものだからイヤだ!と不平を抱くのが、少女期である。
このいかにもな少女期心理を、残虐な方法でえぐりだそうとするのが、クミコの立ち位置だ。クミコは辛い生い立ちだったせいで、他人の愛情を信じる気質にとぼしい少女だ。自分が辛いのは、生い立ちのせいだと思っており、八つ当たりのために虚構家族の商売をやっている。逆境を乗り越えるのは個人の義務であり、個人が乗り越えられなかった責任は逆境のほうにあるのではない。当たり前なのだが、紀子もクミコも、それがわからない。
けっこう長い作品で、序盤の少女期らしい悩み編は、やや冗長。ヒロイン紀子役・吹石一恵さんの顔が、絶妙なブサイクさで、臨場感をかきたてられて、ヨイ。これが美少女なら、視聴者は、別な(下衆な)興味でヒロインを見てしまう。吹石さんの抑え気味の演技が、ヒロイン紀子の「苦悩は深いが、その理由は浅い」ことを、最初から最後まで、ブレることなく表現し続けている。あやふやな社会観。身勝手な正義感。この少女らしさを演じ通した吹石さんは、うまい女優さんだと思った。
俺が10代か、ハタチ代で見たら、ヒロインにもっとたくさん感情移入をしただろうが、今の俺は、彼女のお父さんお母さんの視点になっているから、くだらんことで悩んで親に心配かけるなよ、と思ってしまう。だが、ハイティーン向け恐怖映画としては、丁寧に作られていると思う。実年齢少女たちは、この映画を見て、どんな感想をくちにするのだろうか?と、そっちに興味を抱いた。
前半のたんたんとした日常描写、物語の進行とともにジワジワ加速してゆく異常性、そして流血地獄のクライマックス。「いやはや、すさまじいですな。」とアクオスの前でもらした。「自殺サークル」は未見なので、ひかりTVに入ったら見てみるかな、と思えた今作。