「禅 ZEN」感想文。俺は、悟れない。
こんばんは、哀川翔です。盛大にネタばれしてっからよ、まだ見てない人は、用心してくんな!
映画館に行って、驚いた。ほぼ満席だ。地元の檀家衆、全員ここに集まってるんでないか?俺んちも、曹洞宗である関係上、プラース、生来の映画好きである関係上、道元さんの映画化と聞き、行かずばなるまい。
この映画は、道元さんにかんする、けっこうな予備知識を要求するなあと、見始め、思った。専門用語が、解説なしで頻発する。その点、富野節に通じるものがある。
しかし鑑賞後には、かかる予備知識は不要と思った。単純に、歴史映画として、おもしろく仕上げてある。
なにしろ、主人公が、座禅ばっかしている道元さんである。題材が、くそ地味なのである。
道元さん(中村勘太郎)のツラも、くそ地味である。道元さんの取り巻きボンズどもも、おまえらどこの野球部員だ、と、言いたくなるほど、くそ地味である。どいつもこいつも、キノコを横から見たような、ひらぺったいボーズ頭で、くそ地味である。僧衣も、曹洞宗なので、くそ地味である。風景も、なぜか、曇天ばかり。茫漠たる曇天が続く。くそ地味である。
そこは計算。道元さんが、くそ地味なので、すっごく華麗で、きらびやかな副主人公が、二名、配置されているのだ。娼婦・おりん(内田有紀)と、執権・北条時頼(藤原竜也)である。
前半部は、少女のような娼婦、おりんが、苦しみにもがく。おりんは、苦しめば、苦しむほどに、女として美しくなってゆく。バービードールがごとき、長い手足の、極めて性的な魅力。白く、しなやかな、指先、足先は、水晶のように、映画の最後まで、輝き続ける。色気あってこその、美の意味の変化を表現する姿態。娼婦・おりんの、赤いおべべが、道元さんたちの黒い僧衣の対照をなす。
赤子を死なせた、おりん。その直後にいきなり、濃厚な性交シーンを出してくるあたり、監督の、容赦ないリアリズムを感じる。これが世俗であり、煩悩であり、子供が死んだその日に性交仕事、ないないないよ金がない、ああ、こんな世の中じゃ〜ポイズン〜♪から、目をそらさないこと、愛離別苦、あるがままの俗世を、「よく生きる」ことをこそ、求めるのが、道元さんの姿勢なのだと、俺は受けとめた。
おりんは、色欲を払拭したから解脱したのではない。色欲を得たからこそ、「よく生きる」ことができたのだ。
おりんの衣装の変遷は、彼女の内面の変遷を物語る。赤いおべべから、薄紫の農婦姿へ。最後には、漆黒の僧衣へ。哀川翔は、おりんの亭主だが、いつどこに出ても、哀川翔はすぐわかるから、心配すんな。声で声で。
映画館の座席にいて、「ねえ、藤原竜也くん、まだー?」状態な俺。さてさて、後半部の副主人公は…執権・北条時頼である!登場の瞬間、特撮の生首が舞う!渦中に美青年が狂う!刀振り回す!「死ねぇえええ!」叫ぶ!なんちゅうニクイ出しかただよ!
藤原竜也くん、キター!クルクルクルクルクルクル(←心が踊る音)、天才・藤原竜也が出たとたん、くそ地味な画面が、一転、絢爛豪華に!クルクルクル(←血わき肉踊る音)、藤原効果、てきめんである。待ってました竜也!映画館でなかったら、大声で叫んでたね。ちっくしょうこいつ、かっこよすぎるぜ。全身、是れ、色気。
戦で殺した「怨霊」という名の、「罪悪感」にさいなまれる、北条時頼。執権の苦悩をあんじた、六波羅探題の片目のひと(勝村政信)は、道元さん、カウンセリングしたって下さいとオネガイする。
六波羅探題のひとは、物語開始早々から、なんの説明もなく、道元さんの守護者として登場する。なんでこの、六波羅探題のひとは、都合よく道元さんを助けにきたのか、そこんとこの描写がほしかったけど。
それにしても、道元さんの、ゴーイングマイウェイな性格がおもしろい。
若い時期、中国に渡り、中国語で修行している道元さんも、ひとの話しを最後まで聞かずに、短絡することが多いのだ。料理係りの老僧(笹野高史)にも、おまえ、短絡するなと、戒められてなかったか?
帰国して、お寺活動をはじめた道元さんのもとに、中国から友人の僧侶・寂円(テイ龍進)が尋ねてくる。日本語しゃべれないし、道元さんのいるお寺に辿り着けないしで、困っていた寂円を、おりんが、わざわざ案内してくれた。次の日、道元さんは、おりんの家に来て、「ひとこと、礼を言いにきた。」とだけ言って、クルリときびすをかえし、スタスタ去ってしまう。
おりんは「ホントに、ひとことだねえ。」と、あきれる。ゴーイングマイウェイ道元さん。
道元さんのおかげで、怨霊から逃れることができた北条時頼。富士山を見渡す野原に、道元さんを連れてゆき、嬉しそうに言う。
「この地に、立派なお寺を建てたいんだけど、道元、おまえ開祖になってくれんか。」
と、竜也のセリフが終わらないうちに、
「お断りもうす。」
早ッ!道元さん、かえし早ッ!ひとの話しは最後まで聞けよ!ゴーイングマイウェイ道元さん。
この映画のテーマは、「あるがまま」。
来世で極楽にいける方法よりも、生きるこの世を、いかにして幸福にするか。俺は、仏教については、かじった程度の認識しかないが、道元さんの仏道は、ゴータマ・シッダールダの原思想に近いのだなと思った。ゴーイングマイウェイ道元さん。
宗教映画にありがちな、絵的な象徴化が、いささかやりすぎの感もあるけど。楽しい映画でしたわ。藤原竜也ファンには、たまらない演出だし。最後には、哀川翔も再登場するしな!