新ガラマニ日誌

ガラリアさん好き好き病のサイトぬし、ガラマニです。

NHK大河ドラマ「義経」ガラマニの感想文 中期

05/9/4(日)壇ノ浦の戦いから、05/10/16(日)平宗盛たんさようならまで

 

05/9/4(日)「最終決戦、いざや壇ノ浦!」

祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり
沙羅双樹の花の色 盛者必衰の理をあらわす
奢れる人も久しからず ただ 春の夜の 夢の如し
猛き者も遂には亡びぬ ひとえに 風の前の 塵に同じ…

~「平家物語」イントロダクション~

こんばんは、平家贔屓の権化ゴンゲ、はん~あゴンゲ、ゴォ~~ンゲェ~~ ガラマニです。平家の旗は、赤く赤く、壇ノ浦に、沈む…とうとう、今日の日を迎えてしまいました。ガラマニ、万難を廃して、放送に臨みました。ええもちろん、電話線は抜きましたとも!

文句の無い出来でした。水上戦のリアリティが、ちゃんと描けてました。飛び交う矢、矢、矢。人に刺さる矢、矢、矢。「うがぁッ」 断末魔のうめき声をあげ、舟から落ちる、人、人、人。

お舟に乗り、勇ましく突撃する、主人公サイド、九郎義経ホームチーム!アウェイに強いぞ、義経チーム!つーか、こいつらアウェイばっかやからな。
対するは、長刀(なぎなた)を振るう、平知盛阿部寛。阿部っちも、NHK大河ドラマ男のひとり。貫禄ある古武士、とももりは、鬼神の形相で、幼馴染み義経と、正々堂々と戦おうとしますが…

壇ノ浦海上を行く、敵味方の、たくさんの舟を見て、例によって、奇策を思いついた、義経くん。戦う一休さんみたいな、こいつから、とんち取ったらなんもなくなる、奇襲だけが取り得の義経くん。
(えっと、舟だろ。舟の生命線は、ギッコギッコ漕ぐやつだよな。こぐ奴…ハッ、そうか。)

タ「漕ぎ手を、射よ!」

ここで解説です。お舟に乗って戦争をしているものの、この時代、船頭さんは、非・戦闘員なのです。派遣労働者なのです。いくさとは、もののふが為す事であって、非・戦闘員を巻き添えにしてはいけないという、戦時における作法があったのです。近現代戦では、艦船に乗ってる兵士は皆、戦闘員ですが、壇ノ浦以前の水上戦において、雇われた漕ぎ手をブチ殺して、敵の足を乱すなどという戦法は、言語道断な、コンゴ横断リビングストンな、ありえないやり方だったのです。それを、タッキーはやっちゃったんですねー。怒ったのは、平知盛さんです。

知「東国のものども、戦のならいを知らぬか!」

もう一人、怒ったおっさんがいました。カゲスエたんのパパ、梶原景時さんです。

梶「何ゆえ…戦の掟破りを!」

味方のカゲスエパパが、この戦法を卑怯だと言って、後に(以下史実ネタバレ規制

水上戦の原動力である、舟の漕ぎ手をブチ殺すのは、実際問題として、正解ではあります。俺も、皆さんも、アニメや特撮ヒーローものの、戦いぶりを見ていて、義経と同じようなアイデアを思いつき、テレビに向かって突っ込んだ経験は、あると思います。壇ノ浦の戦いにおける、舟の漕ぎ手は、「聖戦士ダンバイン」で言うところの、ショットとゼットです。ショウたち、ゼラーナサイドは、バーンやガラリアさんとばかり、チャンチャンバラバラやってる暇があったら、オーラバトラー開発者である、ショットとゼットの給食に、エヒノコックスを混ぜるべきだったんです。そうすれば、第5話ぐらいで話し終わってたんです。「ドラえもん」で言うなら、ドラえもんとドラミちゃんが、ショットとゼットです。だから、のび太と戦う暇があったら(以下略

壇ノ浦の戦いで、「どんな風に描かれるかな」と、俺が最も注目していたのは、タッキーの八艘飛びでもなく、喜三太の瞬死でもなく(死ななかったな、こいつ。)、

平家の女性陣の、死に様です。

NHK大河ドラマ常連、松坂慶子さん演ずる、二位の尼ごぜ時子さん。彼女の、シーラ・ラパーナばりの、わざと平坦口調は、死に際するまで、ビクとも動じませんでした。松坂慶子さんを、もしかして、あまり知らない若い視聴者さんにあられては、彼女の平坦口調を、まさか大根だからだとは、思ってないですよね?あの喋り方は、公家化した平家の象徴であり、気高さの表現なのです。

平家は、西国の、水軍の武士でした。そして平家の女性たちもまた、「武士」であるのです。現代的な視点から、「男たちの戦争のせいで、罪の無い女子供が犠牲に…」と、彼女らに向けて言ってほしくない。この時代の、武家の女性とは、男性とまったく同じ「武士」なのです。(原作「平家物語」には、平知盛さんが、女子供を道連れにしてしまったことを、悔やむくだりがありますが、それこそは、日本男児の「優しさ」であって、女子供を「下位」に見ているのでは、ぜんぜんありません。かわいそうなことをしたと、悲しんだのち、知盛さんは、「いや、それとて、愚痴なりしや。母上よ、妻よ、それがしも今、そちらへ参りましょうほどに。」と言って、海へと身を投ずるのです。)

扇の的のエピソードも、平家の女性陣が、<命をかけて>源氏に挑んだ、勇猛果敢な姿を描いているのです。扇の的を持った平家の女官(このたびのドラマでは、義経の妹という設定になっていました)の、気持ちを想像してみて下さい。自分に、矢が刺さるかもしれないんですよ?源氏の那須与一が、的を射れば、源氏の勝ちです。はずせば、平家の勝ちです。つまり、扇の的を手にした、自分に、矢が刺さった方が、味方の為になるわけです。十二単をまとった、雅やかな彼女らが、いかに、いくさびとであったかが、よくわかるエピソードなのです。

而して、最後の壇ノ浦で、時子さんの命(めい)に従い、次々と、海に身を投じる、平家の女性陣…「陣」という漢字の、なんという美しさよ…彼女たちの、御家に殉ずる姿は、悲しいものではありますが、けして、哀れではない。彼女らの自死は、もののふの、あるべき姿でありました。潔くも、気高い!見よ、九郎義経。これが平家のもののふが気高さなるぞ!

平知盛も、コータローも、戦い破れて死んでいきます。小泉孝太郎平資盛、本当によく、演じ切りました。迫真の演技だったよ、コータロー。かっこよかったよ、壇ノ浦の闘士、コータロー!俺ァ、君の親父は、いっこも応援してないが、君のことは、手放しに褒め称えるぜ!

我が夫が、息子たちが、討ち死にしていく中、女たちは、十二単を重石とし、わだつみへと、身投げしてゆきます。あんだけ着込んでたら、そりゃ、水吸って沈むわな。一人、また一人。合掌し、念仏を唱えながら。

平家女性陣を集め、波に身を投げましょうと言った、時子さんに、8歳の安徳天皇が、キョトンとして言いました。彼には、まだ、死というものの、意味がわかりません…

安「海に、かえるのか?そこにはー、なにがある?」

時「…波の下にも、清盛殿が築かれた、夢の都がござります。」

安徳天皇は、建礼門院徳子さんの息子、つまり時子さんと、清盛にとっては、実の孫です。主上(しゅじょう)とお呼びする、やんごとなき御方であると同時に、かわいい、かわいい孫なのです。波の下の都には、清盛入道がおわしますよと、時子さんが言うと、また、主上は、キョトンとして、

安「きよもりのおじじには、早よう、会いたい。」

…壇ノ浦の、海に沈み逝く、平家の、赤い、赤い、旗の色は、滅亡する一門が、死に流した血であり、彼ら一門にしっかと流れる、「たいらの」血の色でありました。

平家の女性陣の描き方は、俺の期待を上回るものでした。俺が大好きな女優さん、夏川結衣さん@平明子@阿部っちの奥さんの、泣き顔を見て、泣くなと言われても無理です。夏川結衣さんは、こういう、幸薄い女の役を演じさせたら、日本で、右に出る者はあまりいないお人です。彼女の、ありそでなさそな存在感は、影が薄いのではなくて、幸が薄いのを表しているのです。

今回の、意外に良かったですよナンバー1は、義経の妹、能子(よしこ)さんです。前回までは、頼りなかった彼女、このたびは、よほど勉強したのでしょう、見違えるほどの成長を見せてくれました。能子さんは、お兄さん義経に、助けてもらいたいからではなく、平家の女性陣と主上を助けるために、能子のしるし、白いカーテンを、首からダッラーっとぶら下げて、舟の甲板に立ちました。カーテンの垂れ下がり方が、なんとも言えませんでしたねぃ。ここは笑っていいのか、いかんのか、約2秒迷いましたが、能子さんの、本当に悲愴な顔を見て、「この子は、女優として、大きく踏み出したな」とわかり、俺は、嬉しい笑みを浮かべました。

…踏み出したと、言えば。

…飛んだ人が、いましたね。

壇ノ浦の戦いと言えば、義経と言えば、そう、八艘飛び。

えーと。

飛びすぎです。

敵の、知盛さんも、タッキーの飛びます飛びますに、見とれていた感がありましたが、そんなハバナ。総重量、20キログラム以上と言われる、当時のヨロイ着て、なんであそこまで飛びます飛びますか。あいや、伝説が、平家物語が、そうなってんだから、アレでエエんですけど。きれいでしたよ、「タッキーとぶ」。♪飛ぶ 飛ぶ 飛ぶぅ~ 俺は源氏ぃ~♪ってか。

平家の大将、我らが鶴見こと、平宗盛は、いちおー入水したものの、やる気の無さが幸いしたのかわざわいしたのか、助かっちゃいました。鶴見をすくい上げたのが、よりによって、我らがカゲスエたん。

カ「重石も抱かずに飛び込むとは。それでは死ねぬ。」

このドラマ、まだ、この先も、鶴見とカゲスエたんがいるから、楽しみがありますともさ。…今日の、壇ノ浦の戦いは、ホント、良かったです…平家贔屓の俺は、大満足しました。しましたが、でも…大好きな平家の皆さんと、お別れするのは、悲しい。平家が滅んだと思うと、なお悲しい。最後に、平知盛さんの、最後の言葉を。

知「見るべきほどのものは、すべて見た。今は…これまで。」

05/9/11(日)「拝啓 滝沢秀明様」

初めてお便りしたためます。こんにちは、滝沢秀明様。わたくしは、海なし県に住まう、姓は日本一の、名はガラリア・マニア、通称ガラマニと申します。「花神」にて大河記憶を始め、続く「黄金の日日」で本格的に大河にはまり、以降、本年まで、ゆく年くる年を、NHK大河ドラマの最終回及び第1話として感じてきた、そんな「花の生涯」を歩んでいる者で御座います。

わたくしは、ほーむぺーじにて、滝沢様が主演しておられる、「義経」の感想文を、書いてきました。きましたが、これまで、あなたの演技のことを、やれ、ど下手くそだの、シャモの方が演技が上手いだの、義経役は渥美清の方がいいだのと、思ったままに書いてきました。

しかし、本日の放送で、わたくしは、あなたの演技が、変わったことに、気がつきました。滝沢様、あなたは、壇ノ浦の戦いの前・後に、標準を合わせ、源九郎義経という人物像の変化(へんげ)を、敢えて表現されたと、わたくしは感じました。

明らかに違ったのは、発声法でした。壇ノ浦にて、昔馴染みの平家の皆さんをうち滅ぼした義経が、その悲しみを乗り越え、「大人」になったことを、あなたは声音(こわね)で表現されました。今時の若者まんまの、フニャフニャ発声では、もう、ない。しっかと物申す、あなたは、「武家の男」に成長されておりました。

私事で御座いますが、わたくしが、ほーむぺーじで「義経」の感想文を書くにあたり、心がけていることが、あります。それは、他の感想サイトを、いっさい読まないで、自分が思ったままを書くということです。テレビで、放送を見終わるやいなや、ぱそこんに向かい、プラザセンター(ブラウザと言いたいので御座います)は、けして立ち上げず、ほーむぺーじビルダーだけを立ち上げ、今、感じているままを、書き連ね、更新しております。

本年度の大河ドラマ義経」の、感想を書いているサイトは、世に、多う御座います。2ちゃんねるの実況板は、さぞかし面白かろうと、わかってはおりますが、わたくしは、自分が感想文を書き始めてからは、一切合切、他の人の感想を読まない状態で、このページを更新しているので御座います。(その日の更新後に、少々、よその感想サイトを物色したこともありましたが、最近は全然、よその感想サイトは見ておりません。)

なぜならば、よそ様の影響を受けて、自分が、「義経」のことを、あなたのことを、色眼鏡で見てしまう事態を、避けたいからです。昨年度、「新選組!」の感想文を書いていた時には、更新する前に、2ちゃんねるを読んでしまうことがありました。すると、自分が思いついたのと、同じだじゃれがあったり、自分が、良いと思ったものを、おおぜいの名無しさんが、酷評していたりするのを見て、自分の文章を改変したことが、あったのです。それがたとい、ごく微細な改変であっても、わたくしは、「これでは、いけない。」と、自らを律したので御座います。

前回、壇ノ浦の戦いでの、平知盛さんの言(げん)をお借りすれば、もののふたる者、

知「たとえ、われ一人(いちにん)にても、あらがい申す!」

の、精神で、生くるべきと存じます。

滝沢様が作り上げた、源九郎義経が、この世にひとりしか、おられませぬと同様に、それを見た、わたくしの感情も、この世にただひとつなので御座います。感想文と銘打ったものを発表するために、自分以外の大勢(おおぜい)が、どう思っているかを、書く前に、知りたくないので御座います。他の感想サイトを読めば、影響は、必ず受けてしまいます。ですから、ガラマニの感想文という、一個の作品を作り上げようとするわたくしは、独自性を保つため、大勢(たいせい)に媚びることをしないため、己が目を信じるゆえに、更新前に、他者の感想を、参考には、しないのです。

滝沢様には、とかく、ジャニーズだからという、先入観で見られることが、多かろうと推測します。かく言う、わたくしも、たびたび、このページで、おジャニーズざんしょーッ!と怒ったり、去年の香取さんと比べて書いたりしてきました。あなたには、ご無礼申し上げました。が、撤回はいたしません。それは、その日の放送を、見て感じた、ありのままなのですから、ありのままであるべきなので御座います。

わたくしは、ジャニーズというカテゴリーを、誤解していた時期がありました。滝沢様が、デビューされる、ずっと前で御座います。その頃、同事務所の看板スターは、光GENJI(折りしも源氏ですな)で御座いました。高校生だったわたくしは、なんと言いますか、他人と違うものを好む傾向があり、また、ここが肝心なのですが、わざと、大勢(たいせい)に反する趣味を、口にすることが多かったので御座います。つまり、当時、わたくしの同級生たちに、絶大な人気を誇っていた光GENJIのことを、「みんなに人気があるから」という理由で、毛嫌いして「見せた」のです。

そんなある年の大晦日紅白歌合戦を、家族と共に見ておりました。光GENJIが登場すると、わたくしは、ふん、と鼻で笑って「見せて」、こう言いました。

「あーあー、こんなの、光GENJIなんて、ミーハーが好きなやつよ。」

ガラマニ家における、紅白歌合戦とは、歌番組を普段からよく見ている、母と、わたくしにとっては、さして珍しいものではないのですが、流行り廃り(はやりすたり)に興味が無い父にとっては、年に一回だけ、今時の歌手を視聴する機会なのです。光GENJIの歌が、始まるやいなや、すぐ、わたくしは、こう言って、トイレタイムと決め込んだのですが。

…ところが、ジャニーズのスターを、初めて見た、
誰が人気があるのか、世間の評判がどうなのかといった、「色眼鏡」なぞ、
ひとつも持たない、父が、

光GENJIを、絶賛したのです。

「素晴らしい!この子たちは、すごい歌手だ。」

「ええ?…だって、こんなの…」

「なにが、こんなのだ。このグループは、歌も踊りも上手だし、少年らしい躍動感にあふれている。ローラースケートを履いて、あんな風に踊れるのは、並大抵の練習量ではないぞ。これだけの人数が、ちゃんとまとまって、こんな、元気のいい歌を聞かせるとは、すごいエンターティナーだ!」

続けて、父はこう言いました。

「ガラマニ、おまえ、そんなものの見方をしてはいかん!ミーハーに人気があるから、だからなんだ。芸術家は、先入観を持って、芸術を見てはいかんぞ!」

…以来、わたくしは、音楽であれ、絵であれ、映画であれ、本であれ、そしてウェブサイトであれ、ものを見る際に、世間の評判や、それを好む人々の層などに、自分の感想が、振り回されないように、心がけてきました。大勢が支持するから良いものなのではない。知識人と呼ばれる層がほめるから、優れているのでも、ない。逆もまた然りでありましょう。斜に構えてかっこいいと気取っていた、高校生のわたくしは、マリアナ海溝より深く、反省したので御座います。

今日の放送を見ながら、わたくしは、わたくし自身が書いてきた、タッキー@演技下手すぎに、わたくし自身の、あなたを見る目が、影響を受けないようにと、気をつけておりました。いいえ、今日の滝沢様が、<光る源氏>であったから、昔、紅白歌合戦で、<光GENJI>を見た、あの時のことを、思い出したので御座います。

今日の、あなたが、光る源氏であったから!

成長されましたね!努力されましたね!能子との会話シーンでの、セリフ回し、メリハリのある表情と、発声に、感動がやみませんでした。妹に、笑いかけながら、気遣いながら、あなたは心で泣いておられた。それが、よく、わかりました!前回までと、まったく違う!義経と能子の別れが、涙を誘ったと言うより、わたくしガラマニは、タッキー、あなたが、源九郎義経という人物を、自分のものにされたことが、嬉しくて、それで、涙がこぼれました。

これから、ですね。敗走し、追い詰められ、いじめられ、死んでいく、そんな義経を。
日本史上にその名を轟かす、悲劇のヒーロー、それが九郎判官義経だと。
判官贔屓(はんがんびいき)の語源、それはオレだと!

2005年度の、日本中の人々に、見せてやって下さい!

それでは、また。来週の放送も、楽しみにしております。お仕事、お疲れ様です。そして、いいお仕事をしていただき、誠にありがとう御座います。常に努力する、けして練習を休まない。それがジャニーズであり、あなたであると…滝沢秀明様へ、敬意をこめて、筆を置きます。

ガラマニ拝

05/9/18(日)「義経、後ろ、うしろー!」

こんばんは、前回、タッキーの演技開眼に気がつき、今回は、安心して、主人公を見つめることが出来たガラマニです。ますます、落ち着きが出てきましたね、義経くんの演技は。俺、今日のタッキーには、惜しみなく拍手を送りたく思います。

勝ちいくさから、ホームへ帰った義経ホームチームは、相変わらず、おうちの中でも矢立てを背負ったまんまです。背中に矢羽、ニョキニョキ状態。誰か、ゆってやれよ。屋内では、矢立てはおろしましょうって。顔ヌートリアの喜三太が、うつぼちゃんのお嫁入りを聞いた時の顔が、ものすごかったですね。そんなに惚れてたのか…ま、元気だせ。つっても無理よな。俺はたぶん、今度、近所でヌートリアに会ったら、

「きさんた?」

と、声をかけてしまいます。しかし、ここへ来て、俺が心配なのは、ドラマにおけるうつぼちゃんの扱いです。うつぼちゃんは、義経を慕っていたけれど、恋破れた後、あっさりヨメに行ってしまったと。それは、女性人生の実際問題としては正解なのですが、うつぼちゃん好きな俺は、彼女の登場が、この先なくなっちゃったらイヤだなーと、それが気がかりです。「くろうどのが、ここにおられると聞いたから、来ちゃった。」な、長距離移動簡単すぎ新幹線並を具現化させていた、彼女の恋心が、ニュー旦那に移ってしまったか。くどいようですが、それは、女性としては正解なのですがね。

さて、今回のメインテーマは、義経の天然バカが、兄・頼朝の怒りを買う、でした。はじめっから終わりまで、「義経、後ろ、うしろー!」と、叫びっぱなしでした。「8時だよ!全員集合」の公開録画で、「志村、後ろ、うしろー!」と叫んでいた男子小学生になった気分です。

まず、戦の規則イハーンで、おにいさんは、義経の部下にだけ処罰を申し渡しました。そこで、自分だけが処罰されないのは、おにいさんが、オレだけには優しいからだと思っちゃうとこが、天然バカその1。弁慶も、気がつけよ。誰か教えてやれよ。

頼朝は、暗に嫌味を言い、暗に注意勧告をしたわけですが、それが、義経、ワカラナーイ。

次に、三種の神器の三分の二を、「だって、神器はみかどのものだもん。」という素直すぎる発想で、後白河法皇に差し出しちゃったのが、天然バカその2。鎌倉にいる頼朝が
「お、おまえぇ~はぁ~、バカか。本物か。天然か。真性か。なんのために軍事費出したと思ってるんだこのボケカス」になるのも、無理ないです。

対・平家戦の、総大将は、頼朝ですから、なにをするにもまず、頼朝に「どうしたらいいですか」と、うかがいを立てるのがスジなのに、それが、義経、ワカラナーイ。

義経の不幸とは、本人のバカさかげんに加えて、周囲に、注意してくれる人が、いなかったことなんだなぁ。いや、いたんです。それが、カゲスエパパこと、梶原景時さんだったわけです。結果的に、戦う一休さん義経の奇策は成功し、大目標である打倒平家は、かなった。叶った、けれども、次に、おにいさんの「邪魔者」になるのが、他ならぬ自分だとワカラナーイ義経は、この先どんどん不幸になっていくのだなぁ。見ている分には「義経、後ろ、うしろー!」と突っ込めるけれども、実際、自分が義経だったならば、俺は、彼のようには、落ち着いてはいられないな…辛い、辛すぎる。

誰よりも狡猾な源頼朝は、腹違いの末の弟、九郎義経などは、最初から、捨て駒としてしか、扱っていなかったわけで。純粋に、兄を慕っていた、身内の情愛を信じていた義経にしてみれば、なんでおにいさんが、こんなイジワルをするのか、ワカラナーイ。

京都ストリートで、ウインドウショッピングしていた義経の部下たちは、仲良しだったはずの、カゲスエたんの部下に会います。すると、シカトされたので、ビックリ…わかるなぁ、この感じ。自分の知らないところで、陰湿ないじめが始まっていて、それに、気がついた時のショック…当惑していた所へ、当のカゲスエたんが、来てくれました。

し、しかしぃ…みどりのキモーノ姿の…かっ…カゲスエたんは…

「目にカゲスエたん 山カゲスエたん 初カゲスエたん」

(訳・とにかくカゲスエたん最高)

我らがカゲスエたんは、親切にも、なんで義経ホームチームが、イジワルされるのか、教えてくれました。それは、鎌倉のおにいさんの意向だと。ガーン。まさか。ガーンガーン。

本日の「義経」感想文、ガラマニは、壇ノ浦以降、きまじめ路線に走りすぎたかと反省し、以前のように、おもしろおかしく書こうとしたんですが、どうも、ダメっす。タッキー演ずる義経に、こうまで「かわいそう」と感情移入出来るようになったことが、特筆に値します。しますが、義経の天然バカが、マジホントーにかわいそうで…

これは、安宅の関、号泣必至だな。

05/9/25(日)「いざ、本当に鎌倉。」 9/26(月)筆

こんばんは、昨夜は、メイン小説 の更新で、真っ白に燃えつき、今日の月曜日、寝不足ぬけがら死に体で仕事をし、そして、今晩、「義経」感想文をキッチリ書くために、

明日は、有給取っちゃった。てへ。ぺこたんプ♪

な、世にも愉快なサイトぬし、日々此れ充実「黄金の日日」、人生まったく「花の生涯」、「いのち」はいつも大河のとりこ、月曜火曜は日曜のうちなガラマニです(長い)。

さて、昨日見た「義経」ですが。俺、毎回、感想文を、どんな切り口で書こうかと、考えるんですよ。アレが面白かった、オットコマエに萌えたな、箇条書きにするか。文献にあたり、文学ココロを刺激された、ロマンチック路線にするか。「拝啓 滝沢秀明様」みたく、本日の放送について書くフリをして、実は、俺の考え方を表明する方針にするか、などなど。

そいで、今回の「義経」を見ていて、俺は、主人公、くろうどのに、感情移入しまくってしまって。わかるんですよ。ああいう、いじめられる方の気持ちが。タッキーの黒目がちな瞳がうるむと、俺もうるうるしてしまって。だって…と書き連ねると、辛気くさくなってしまうから、敢えて、笑える方に走ろうか…とかね。

迷った挙句、今回は、迷うままに書くことにしました。

判官贔屓」っていう表現がありまして。「はんがんびいき」と読みます。「判官」を、このたびのドラマでは「ほうがん」と発音しております。1192年頃に、どっちの発音が正調だったのかは、俺ぁ知りませんが、俺が、この表現を口にするときには、「はんがん」と言っています。「判官贔屓」とは、「こころざし半ばにして、無念の死をとげた、ハンサムな男子、萌え~」という意味で使います。

日本人は、判官贔屓な民族です。語源となった、九郎判官義経さんをはじめとし、日本史ファンに人気のある、日本史キャラを列挙すると、「こころざし半ばにして、無念の死をとげた、ハンサム、だったらいいな~、な男子」が多いですよね。

織田信長でしょ。浅野内匠頭でしょ。沖田総司でしょ。(沖田さんは運良く、写真が残ってなかったから、余計にイマジネーションふくらみます。実際にはゴホゴホ)
坂本竜馬でしょ。(坂本さんは、お写真を見る限りでは、俺のオットコマエ定義とは、3億光年かけ離れておりますがゴホゴホ)
敢えて、義経より時代をさかのぼれば、平将門蘇我入鹿が、人気があるのも、判官贔屓な民族性が為せるわざかと思います。どうでもエエが、「蘇我の居るか」ぐらい変換しろこのクソボケカス IME2000 蒸しコロっそ。

この言葉、判官贔屓が表す通り、義経は、壇ノ浦までが、華々しい戦歴で、今後、転落の一途をたどるのです…その、あまりの悲劇性ゆえに、写真はもちろん、「似せ絵」の肖像画さえ、残っていない源義経は、物語の中では、白皙の美青年として描かれるのです。かわいそうな人の、容姿は、美麗であると思いたい。この気持ちは、神代から現代まで、日本人が変わらず持ち続けている、キャラ萌え心でありますなぁ。

そんなキャラ萌え心=判官贔屓の、権化ゴンゲ、はんぁ~あごんげ、ゴォ~~ンゲェ~~である義経くんが、今年度、12月最終回に向けて、ホントに権化になるためには、タッキーは、美しくあらねばならないし、美しさとは、みめかたちではなく、気持ちを表現する演技力、努力の賜物であるわけですから、タッキーは、頑張らなければなりません。

んで、彼、頑張ってますがな!今回の放送、俺はもう、かわいそうで、タッキーの泣き顔を直視出来ませんでしたよ。代わりにカゲスエたん@烏帽子を凝視しちゃいましたよ。

か、かっ、

カゲスエたんさぁあああああ ふんとぉおおに キャワユイですよねぇえええ

鎌倉殿こと、佐田啓二のクローンから、「義経をハバにしろ」と命令されて…いかん、もう泣きそうだ…仲良くしちゃいけないと、言われて…でも、カゲスエたんは、義経と、本当は仲良くしたいの…ぐすん。えっえっえっ、ぐすん。もう、表立っては、くろうどのと、お話しすることも、出来ませんって、カゲスエたんが…ぁ あぁぁああああ(号泣)でも、でも!義経は、言うの。また、酌み交すこともありましょうぞって。ひ、ヒィイイいやーあーあーあー(滝涙ナイアガラ)そしたら、カゲスエたん、下唇を噛んで、

「くぅっ」

って、嗚咽をこらえて、走って、行っちゃうの!行っちゃうの!

ワアアアアアアアアアアアアアアアアアア(涙、幕府いや瀑布

なんてひどい、頼朝はなんてひどい、こんなにいぢめることないじゃん、なによ、あんたなんか、鎌倉にずっとヒッキーなくせに、裏で手ぇー回して、みんなで義経シカトしちゃえって命令するなんて、権威をかさにして、さんざん利用しといて、いらなくなったら捨てるなんて、シドイッ!シドイわぁッ!お、鬼!ヨリトモ、オニーッ

…と、まんまと俺、「判官贔屓>>>>>史実」な罠に、はまってしまっております。あ゛ー、史実ではですね。あいや、このドラマでも、史実通りに描かれてますけどね。実際、バカなのは、義経くんなのであって。自業自得なんであって。お兄さん頼朝は、政治的に、まっとうな判断をしているんであって。こういう、冷静クールな目も、持ちながら、ドラマ的な美・ビーテー(ビューティ)にも感じいるのが、エエのよねぇ。しらけ過ぎてもいけない。酔いすぎるのは…オッケーよ。クールエンドビーテー。これぞ歴史よ、大河よな。

今年の、下半期を過ごす俺に、幸福をもたらしてくれる、NHK大河に感謝し、明日の有給休暇は、ちょいと遠出してみようと考えている…鎌倉に行こうか、厳島へ行こうか、平泉にしようか…源平な旅路に夢、ふくらます。そこに着いたら、こう、言ってみたい。

くろうどのが、ここにおられると聞いたから、来ちゃった♪

05/10/2(日)「義経タイプと頼朝タイプ」

前回の放送で、兄・平宗盛たんと、今生の別れをした、弟・平重衡(たいらのしげひら)さん。予告で、重衡さんは、奥さんとも、今生のお別れをしていた、はずなんですが。NHKの公式サイトの、重衡さんを演ずる、細川茂樹さんのインタビューでも、最後のシーンについて言及されていたのに…きょう、俺は、「義経」を2回見て、読まないと決めていた、2ちゃんねるの実況板にも行ったんですが、あの。

平重衡さん、出なかったんですけど。あの。

幻覚見てる気分。狐につままれた気分。重衡さんのシーン、すっごい楽しみにしてたのに、まさか、カットされたんでしょうかッ?!

と、泡食ってたんすが、こんな時、いんたーねっとは、やっぱり便利なもので。重衡さんの、さようならシーンは、次々回、チャンと放送されるそうです。予告映像は、<今後の「義経」>であって、必ずしも<次回の「義経」>ではないということで。そりゃそうだよな。俺がこんなに愛してる、平家のオットコマエ兄弟に、いいシーン作ってくんなきゃ、ヤダヤダよ。

それにつけても、千鳥さんミニスカすぎ問題ですが。(そこかいっ)俺が感じていることは、やはり、全国のおともだちも、同じように感じているようで、相当、NHK

「ミニスカすぎザマス!」

なおてまみが、行ったと見えます。今回、千鳥さんの、おまたを凝視したところ(凝視したくはないんですがゴホゴホ)、アンダースコートをはくようになってました。あー、アンダースコート。ぴちぴちショートパンツみたいなもの。えーと、ブルマース(死語)みたいなものを、はいてましたが、あのね。

そんなんをはくよりも、キモーノのすそを、長くすれば済むと思うんですが。つーか、アンダースコートなんて、この時代、ないはずなんですが。当たり前ですが。ホント、今年度の大河は、衣装考証が、ムチャクチャで、面白いっすよ。誉めてるんですってば。

鎌倉に来てはならぬと、頼朝に言われた義経を、心配そうに取り囲む、ホームチームの皆さんも、季節感無視の服装ばっかです。ナンちゃんの毛皮チョッキは冬もの、海藻を取ってきたうじきのノースリーブは、どう見ても夏もの、他の皆さんの春秋ものファッションが、テレビ画面に、ズラリ並びます。一カットで、ジャポンには四季があることを表現してるんでしょうかぁっ?!テレビ版四季絵屏風なのでしょうかぁあッ!

今回のメインは、義経VS弁慶の、初めてのケンカでした。大人な弁慶、ようやく、天然バカ義経に、マトモな意見を言ってくれました。もっと早く言えよ、と、突っ込む俺もいましたが、義経の気持ちがわかる俺も、います。どうしても、ビジネスライクに振舞えない、情にすがってしまう人ってのも、いるんだよなぁ。こういう御仁は、天下一、頭の切れる、頼朝のような御仁に、いいように利用されるのが、歴史の定石であります。北条政子さんが、おっしゃってたことも、ごもっとも。融通が利かない、つまり、義経は本物のバカなんですよね。純粋で、他人(ひと)を疑うことを知らず、肉親の情を信じ、部下にも情でもって接する。こういう御仁は、そりゃあ、好かれるでしょう。

義経は、愛されたいという欲求が強いから、他者にも、自分がされたいように接している。しかしこれは、もののふとしては、非常に、もろい。

義経が分からなかったのは、「好かれること」と「なめられること」は違うという点でしょう。「この人は、優しい。なにを言っても怒らない。」と、他人に思われている状態を、「私は、好かれているんだ」と勘違いしていると、あくどい人が、つけ込んできます。対照的な、義経と頼朝。義経は、味方には好かれ、敵・頼朝には、なめられています。頼朝は、敵には怖れられ、味方にも怖れられていますね。で、勝ち残るのは、頼朝の方です。

今回の「義経」を見ていて、俺が思ったのは、自分はどっちのタイプだろうな、ってことでした。頼朝のように、利に聡く(さとく)、黙るべき時には黙り、動くべき時には動く。彼ほど、俺は、賢くはないなー。かといって、義経ほど、他者(=自分以外のすべての他人)を盲愛してしまうほど、俺は、お人よしでもない。ただ、気をつけようと思います。ともすると、「好かれること」と「なめられること」は違うという、大事なポイントを、忘れがちなので。ほら、学校や会社に、よくいるでしょう。便利屋さん。毎度毎度、宿題見せてと言われて、断れない系。こうなってしまうと、情をダシに、さんざん使われて、利用価値がなくなると、捨てられてしまいます。そう、義経のように。

に、してもだ。ここんとこ、回想シーンが多すぎやしないか。もう、最終回までカウントダウンなんだから、各キャラの、かっこいいエピソードを、ふんだんに盛り込んでくれた方が、回想なんかより、ずっと嬉しいんだが。鶴見をもっともっと、見せてくれなきゃ、ヤダヤダよ。


05/10/9(日)「世に言う、腰越状と!」10/10朝・加筆修正

こんばんは、いつもの日曜日は、「義経」は、パパママリバティーと一緒に見る当家なのですが、あ、俺は独身貴族の自宅生なんですが、今夜は、パパは、お友達のおうちに飲みに行ってしまい、ママにいたっては、おフランスざんしょーッ!に行ってしまい、へさべさに一人暮らし気分で「義経」を見たガラマニです(長い)。

さて、腰越状こと、義経からのおてまみを落手した、松尾貴史さん演ずる大江広元さん。鎌倉幕府のブレインである、大江さんのオフィスには、たくさんのおてまみが寄せられていました。「謹上」と書かれた、何通もの封書があります。大江さん、なんか、お疲れモードで、めんどくさそうに、メールを、いや、封書をチェキしてましたね。俺ァ、大江さんが、義経からの「謹上」を、「未承諾広告※」扱いして、迷惑メールフィルタで振り分けすんじゃないかしらとハラハラして、あ、ハイ、すみません、大江さんは、「謹上」の書き文字を見、中を開け、差出人の署名を見て、ビックリしてました。

俺ねー。このシーン見ててね。やっぱ、手紙ってものは、手書きに限るなと、しみじみ思ったんですよ。大江さんは、何通もある「謹上」と書かれた封書の、表書きを見ていましたが、義経からの「謹上」の二文字を見た時点で、ただならぬものを感じていましたよ。それを、演技達者・松尾さんは、微妙な動作で表現されていたこと、見逃しませんぜ。その、お手(=筆跡)は、義経の直筆ではなく、代筆なわけですが、メールなどとは、ぜんぜん違う、手ぇーで、紙ぃーに書いたものは、パワーが違うんですよ。

件名:謹上

が、いくつも並んでいるメールの受信画面に、「腰越状」を手に取った大江広元さんが感じたものは、あるでしょうか?

<本日の「義経」感想文は、ドラマの内容からは、相当かけ離れたものになっておりますが、まぎれも無く、これは、俺の、本日の感想文であります。>

俺は以前、仕事で、和紙に筆で書かれた、昔のお手紙を扱ってた時期があったんですが(色んな職業経験しとるのぉー俺。)、まず、和紙の強いことに驚きました。数百年前のものでも、破れない。そして、墨です。色あせない。墨の色こそ、色あせていても、書いた人の「色」はあせない。なにより、「手書き」です。大昔に、生きてた誰かの、手のぬくもり、クセ、性格、書いてたときのご機嫌、体調まで、一通の書簡から、ビシバシ感じられるのです。

同じ職場で扱った、数十年前の、郵便はがきにも、書いた人、消印を押した郵便局の人の、ぬくもりがありました。戦時中、出征した兄から、幼い妹へあてた、全文ひらがなの、はがき。軍の検閲済み印が押された、はがき。無名の兵士、その一通のはがきを、実家に書き送り、そして、二度とは帰って来なかったおにいさんの、万年筆の手書き文字。彼の身内でも、子孫でもない俺が、そのはがきから感じたぬくもりが、昨日、親友から来たメールには、ないのです。その親友に、愛情がないと言いたいのではありません。現代人が、ここ数年間に、失ってしまったものの大きさを言いたいのです。…そう、手紙とメールとの、決定的な違いです。

昨今、携帯電話や、パソコン環境の発達によって、ほんのちょっと前までは、郵便で書き送っていたお手紙を、メールで送受信するようになりました。それは、たいへん便利なものだし、インターネットのおかげで、俺が、こうしてサイトで発表することも、出来るようになったわけですから、エエことやなァと思います。

でもね。

どんなに有能なワードプロセッサや、メーラーであっても、ど下手くそな手書きのお手紙に、けして勝てないものがあるのですよ。なにが勝てないって、すべてです。活字で打った方が、見場(みば)はきれいでしょう。読みやすいでしょう。しかし、「わたしから、あなたへ」の、「お手紙」は、手書きこそが、唯一にして、絶対、強い!

郵便より、メールの方が、送受信は速いでしょう。しかし、会って話した方が、実は、早くて確かなことを、メールで話しては、いませんか?

きょう、わたしから、あなたへ、「お会いしたい」と送った携帯メールを、数百年後の、誰が手に取りますか。あなたですら、手に取りはしないじゃないですか。着メロを、ちら、と聞き、受信画面を、ちら、と見、「あぁ、ガラマニか」と思って「削除」ボタンを押すだけ。そして、今日の、わたしの「お会いしたい」という文面は、地球上のどこにも残らないし、あなたの心にも、そしてわたしの心にすらも、たぶん、残らないんですよ。どんなに気合いを入れて打った長文Eメールであっても、手書き便箋には、勝てない。なにひとつ、勝てない。メールには、実体が無く、わたしを表す個性が無い。筆圧が無い。匂いが無い…つまり魂が、無いのです。そう、大江さんが、「腰越状」を手に取ったとき、感じたものが、無い。これが、手紙とメールの決定的な違いです。わたしにしか書けないメールは、あるでしょう。でも、わたしにしか書けない手紙の方が、それよりずっと、強いのです。

うぅん?メール文をパソコンに保存すれば残るって?手書きがいいってんなら、画像で保存すればって?手紙は、燃えたらなくなるけど、データは、コピーすれば劣化せず、いくらでもって…くだらん!まったく、くだらん。俺は、そんな媒体的な相違を言いたいんじゃないし、そんなもの、数百年前の書状や、出征はがきの実物が持つパワーとは、比ぶべくもない!いいですか、古いからいいと言ってるんじゃないんです。骨董的価値なんかを論じてるんじゃないんです。なにがなんでも、アナログの方がいいと言ってるんじゃないんです。アナログ・デジタルという対照の用い方が、間違ってると言いたいのです。物事の本質を誤らないでほしいと言ってるんです。電話は、会って話すことの代理、メールは、手紙の、劣化したコピーでしかない!

会社で、郵便物を2、3通作ろうとする際、宛名書きを、ラベルシールなどの、ワープロ機能で作ろうとしませんか。2、3通ならば、手で書いた方が、コストが安く、本来、ビジネスレターだろうがなんだろうが、手で書かないことこそ「無礼」であるのに、活字で印刷の方が、かっこいいとでも思っていませんか。たった2、3通の宛名書きぐらい、誰にでも読める文字で、スラスラ書けないことの方が、ずっとかっこ悪いのに。これが、現代人が失ったものの一端です。なにが「無礼」なのか、今、優先する「仕事」はなにか。物事の本質がわからない人間が多くなった。これは人としての、根源的な問題であって、技術論ではないのです。

源義経から、源頼朝へ宛てた「腰越状」は、千年の時を経て、我々の心を、打ちます。弟よしつねから、兄よりともへ送った「手紙」は、兄弟という名の心を、打ちます。徹夜して、丹念に書いた手紙だもの。弁慶と一緒に、心を込めて作った手紙だもの。返事を待ち続ける、義経。大江さんが差し出した、「謹上」を、文箱に入れ、「読まぬ」と決めた頼朝。でも、文箱を、おそるおそる開け、手に取り、読んでしまった頼朝は、泣きました。「読まねばよかった!」と、嗚咽しました。そして、「鎌倉殿には会えぬ」と、突きつけられた義経も、泣きました。床にこぶしを突き、号泣しました!NHKのアナウンサーが、こんなふうに、言ってました…

「これが、世に言う、腰越状と!」

2005年の今日。これからどんなに、通信媒体が変わっていこうとも、コピー性能が発達しようとも、俺は、断言します。「わたしから、あなたへ」と、書いた。手元にある、この、ど下手くそな、文字に。手書きの文に、勝る、「お手紙」は無いのだと。…明日、投函します。待ってて下さい。俺も待ちます。あなたからの、お返事を。いつまでも。

<ガラマニは、手紙やメールやケ-タイというテーマに、こだわりがあるんですよ。「携帯電話とパソコン」シリーズは、ガラマニ日誌の過去、この項から どんぞ>

05/10/16(日)「宗盛たん、さようなら」

こんばんは、なんだか今日の「義経」が、最終回のように感じているガラマニです。だって、平家のオットコマエ兄弟が…

平重衡役の、細川茂樹さんが、先日、NHKお昼のワイドショーに出演されており、俺はそれを、会社の食堂で見ました。同番組を見た俺は、オドロキっぱなし。ぜんぜん知らなかったんですけど、彼、仮面ライダーだったんすね。特撮出身の俳優さんには、とみに甘い俺は(甘いのか)、これ知って、一気に、細川ファンになってしまいました。知ってる方々には「なにを今頃ゆってんだ」でしょうが、俺にとっては新鮮なオドロキですよ。更に、さらにぃ。細川さんは、南都焼き討ち、じゃなかった、なんとビックリ、ガラマニ県のご出身とは。とは!知りませなんだ。同郷シンパシーも加わって、贔屓感が、高まっていたところへ、今日の放送ですよ。これが感動せずにいられましょうや。

NHKの公式サイトにあった、細川さんのインタビューで、俺が嬉しかったのは、彼が、NHK大河ドラマを大好きな役者さんだとわかったことです。大河出演を目標として、頑張ってきたと語っておられた。同様のことを、平宗盛役の、鶴見辰吾さんも言っておられました。鶴見さんは、子供の頃、「国盗り物語」を夢中で見ていたクチであり、「義経」で、あの、あの!斉藤道三を演じた、平幹二朗さんと共演出来て嬉しいって。あぁ、俺は、一大河ファンとして、自分と同世代である、鶴見さん、細川さんが、大河に出演することを、嬉しいと思っていることが、ものっそい嬉しいんです!(どうでもいい注:ガラマニの実年齢は、鶴見さんと細川さんの中間ですが、「同世代」と言って差し支えないと思います。タッキーや孝太郎の世代よりは年寄りで、平幹二朗さんや中尾彬さんの世代よりは若造、だぁね。)

また、平重衡の奥さん、輔子さん役の、戸田菜穂さんのインタビュー番組も、見ました。彼女も、大河ドラマのオープニングに、自分の名前がドーンと出ることを悲願として、頑張ってきたと、夢が叶ったと、大きな瞳をキラキラさせて、語っておられました。若い俳優さんたちが、そんなふうに、大河ドラマを愛し、熱意を注いでらっしゃるなんて。こんなに嬉しいことは、ありませんよ!

南都を焼き討ちした実行犯ということで、ナントの僧兵たちに、恨みを買っていた重衡たん。斬首される際、妻・輔子さんと、お別れをします。形見にと、長髪を食いちぎる夫。男のロングヘアーってかっこいいんだな、男っぽいんだなと、現代人視聴者に思わせる、細川さん迫真の演技でした!すがる輔子さんも、渾身の力で、愛しい夫を殺される悲痛を表現されてました。髪の毛を振り乱し、泣きわめく、平家のご婦人。なんと美しい!なんと立派な、大河ドラマにかけた役者魂か!

そして、鶴見辰吾。押しも押されもせぬ、つるみ!日本の演劇界の、明日をになう、立派な俳優になったよなぁ。もう、どこに出しても恥ずかしくないよ、鶴見。3年B組時代と、その後の、長い低迷期を見てきた俺は、感慨深すぎであります。四十男の、顔面のしわが、色っぽいんだよなぁ。表情が生き生きしてて、笑っちゃうんだよなぁ。宗盛たんが、しくしく泣くと、俺も泣いちゃうんだよなぁ…ここまで来るのに、山あり谷ありだったよなぁ、鶴見…

鶴見辰吾さんの、低迷期とは、子役出身の俳優が、必ず通る道でした。子役とは、少女であれ、少年であれ、「幼い」ことが「良い」こととして、演出される場合が多い。そんな子役が、「大人」になることは、どんな「大人」になったとしても、イメージを壊すことになるわけです。美少女が、良妻賢母になっても、ダメ。美少年に、ひげが生えちゃ、もうダメ。3年B組で、不良少年役だった、たのきんトリオ(な、懐かしい…)は、本業がジャニーズ歌手だったこともあり、比較的早く、子役の呪縛から逃れましたが、鶴見は、「優等生で美少年な子役」という、俳優として、最も険しいスタートラインに立っていたことを、俺は、今になって、「さぞかし、辛かっただろうな」と思い返します。

鶴見が、低迷期から脱皮し、演技開眼したきっかけについては、過去記事にも書きました。映画「GONIN」(1995年松竹)です。初めての、悪役。それも、ヤワなチンピラじゃない、極悪な、ヤクザの幹部役への抜擢です。石井隆監督が、彼には、悪役の素質こそ、優れてあるのだと、見出して下さった。そして、石井監督のシゴキに、鶴見は応えた…

そして、今年度、大河「義経」で。歴史に名高い「小心者の敵役」、平宗盛たんですよ。原作の「平家物語」じゃあ、でぶの、ブッサイクだと描写されてる宗盛にぃ、このオットコマエを持ってくる、キャスティングのセンスにゃぁ、脱帽しますぜ!

さようなら、俺が愛した、宗盛たん。さようなら、みんなが大好きだった、宗盛たん。俺は、今日の放送の、宗盛たんの、細かいシーンを描写することは、もう、しません。出来ません。脱帽です。鶴見辰吾は、すごい役者になったこと。従来の平宗盛像を、くつがえしたこと。そして、2005年の俺が、あなたがいてくれて、幸せだったことを…ありがとう、宗盛たん。ありがとう、鶴見辰吾さん。