新ガラマニ日誌

ガラリアさん好き好き病のサイトぬし、ガラマニです。

見せたいものは、まず、見やすい場所に置くことから始まります

5/17さんより
「検索避けについての記事が大変為になりました。検索避けについて考えさせられました。最近の同人サイトはロボット検索に敏感なくせにネットについて知らない部分がありますね。検索避けを推奨する前にネットでの公開について頭に入れて欲しいと思います。私もその点で「検索避けを入れよう」さんの意見に賛同できません。私は同人サイトでは検索避けを入れるかどうかは自由だと思います。でも、全ての同人サイトの管理人はネットで公開している事実は忘れないで欲しいです。」

貴重なご意見を、ありがとう御座います、5/17さん!はげみになります。全文に同感の嵐です。

まず、同人サイトは、著作権法うんぬん…ではないのですよね。そこから言い訳を始めるから、自家撞着に陥るんです、「検索避けを入れよう」さんは。

まず、まずはですね、いま自分はどういう場所で発表しているのかを、大前提に考えなければ、こういう問題は、なにも解決しないと考えています。

インターネットというものは、世界中が、リンクによって、網羅されている媒体なわけです。サイト運営者が、非営利の個人であれ、企業体であれ、リンクを貼ること、はがすことは、恒常的になされている状態にあるのが、ネットです。そしてリンクは、【人間が恣意的に貼るリンク】と、検索ロボットやRSSリーダー等、【機械が自動的に貼るリンク】とに、大別されます。

「検索避けを入れよう」さんに影響された、昨今の同人サイト作者の頭には、「相互リンク」「リンクにさいしての報告義務」「ジャンルに特化したサーチ同盟」といった、【人間が恣意的に貼るリンク】だけが、まずあり、

次に、【機械が自動的に貼るリンク】の存在に気がつき(遅い)、ああどうしよう、困ったわと言っているように、感じています。ネットに置きながら、ネットに置きたくないと言っている、二律背反なのです。

>ロボット検索に敏感なくせにネットについて知らない部分がありますね。

まったくもって、その通りです。ウワゴトのように、グーグルが!ヤフーのブックマークが!と騒ぐわりには。チミたちは、いまどこにおるのやー?

俺は、インターネットという媒体を手にしたこんにちの人々にとって、いちばん大切なものは、創作意欲だと思っています。まっしろな画用紙と、クレヨンを手にした子供が、無我夢中で、おえかきを、せずにはおられない、あの、あの!かきたい!という、情動です。この情動は、どんなやり方で禁止されても、けして消えませんし、インターネットに限ったことではありません。

情動が起きたら、作品を描く。次に、理性的判断をくだす段になります。公開する場所の選定です。

見せたいものは、まず、見やすい場所に置くことから始まります。

絵画なら壁面を確保し、彫塑なら、と。書籍にするなら、ページをめくりやすいように、目次や索引を作ろう、と。

(言うまでもありませんが、検索ロボットとは、機械化された「索引」です。)

そして自分の作品を、特定の仲間にだけ、見せたいのならば、媒体を、厳密に選定しなければなりません。この時点で、作者がもしも、特定の法律なり、特定の他者なりを意識するのならば、それに見合った媒体を考えてしかるべきなのです。

不特定多数の、誰にでも見てほしいと思うならば、インターネットという媒体は、最適です。

なんせ、世界中の端末から、世界中に公開できるんですから。

そんなオープンな場所に、自らやってきて、自ら発表しているならば。

ならば。「不愉快に感じられたらどうしよう。そうだ、検索避けを入れよう!」ってなんだと。「そうだ、京都行こう!」かよと。意味わかんねーと。なにダダこねてるんだと思っています。

>私は同人サイトでは検索避けを入れるかどうかは自由だと思います。

そうですよね。黙って、メタタグ入れたりして。俺も別ジャンルでやってました。なにを避けようが、推奨しようが、じっさい、自由であるべきです。俺も、「検索避けを入れよう」さんに対する批評を、自由にさせてもらってますもん。このブログでも、愉快な愉快な気分で、検索避けをしています。過去記事でも、何度か書いておりますが、ガラマニの出身地は、ガラマニ県ガラマニ市だと。

5/17さん、理路整然と書いて下さって、ありがとう御座います。こうしてお返事を書くことで、俺も論理が整理されてゆくのを、感じています。